母と私は仲が悪かった。互いに蔑んでいた。
1989年、母は変形性膝関節症を患い歩行が困難になった。
私にこういった。「こんな役立たず、死んだ方がいいだろう!」
わが家は母と私の2人住まいだった。
姉夫婦が隣に引っ越してきた。
料理と入浴介助は姉がしてくれた。
私は認知症の初期症状に気づかず、母の言動に腹を立てたことが幾度かある。
生ゴミを乾かすのだと、ビニール袋に入れて、直射日光に当てる。
「止してくれ」と頼んでも一向に聞き入れなかった。
太陽に当てた後、私に見つからないように、鍋の中に隠すようになった。
臭いで鍋のふたを開けるとウジがわいていることが再々あった。
母の目前で私は怒りをこめて空のバケツを蹴っ飛ばしたことが数回ある。
そのとき思ったものだった。「呆けているのなら腹は立てないのに、、、」。
ほどなく、昔と今と混同した母の言動に私はショックで血の気が引いた。
そして「ここどこ?」「あんただれ?」を連発するようになった。
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